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1998年夏。
僕は長袖を着ていた。
三軒茶屋駅の近くにある昭和女子大学の裏あたりの道を、自転車でフラフラ走る。
地面は、強い日差しによってユラユラゆらめき、
セミの声と、R246を走る車の音だけが聞こえる夏。
1998年、17歳の夏。 高校生最後の夏だった。
僕は朝から夜まで、塾にいた。 クーラーで風邪を引かないよう、長袖を着ていた。
外に出ても、体中冷えていたため、長袖が心地よかった。
その、ある、夏の日。
甲子園準決勝。
PL学園 vs 横浜高校
上重聡。 松坂大輔。
どちらも、同じ年。
彼らは どちらも 僕と同じ年。
僕が、地元の中学に進学せずに中学受験をしたのは、
もっと強いところで野球をしてみたかったからだった。
いや、そういう理由で私立の学校に行くのが、かっこよかったから、かもしれない。
甲子園にあこがれていた。
ただ、ただ、かっこいいと思っていた。
しかし、
中学生、東京都大会 3位の5番バッターで、僕の野球生活は終わった。
肩と腰が悪かった。
いや、もしかしたら、それを理由にすれば仕方ないと周りの人が納得しやすいから、かもしれない。
いずれにせよ、
ぼくは長袖を着て、熱いコーヒーを片手に、塾の事務所で小さなテレビを見ていた。
彼らは、テレビの中で炎天下の中にいた。
うらやましいのか、 うれしいのか、 悲しいのか、 楽しいのか、 分からない、
ただ同じ年の彼らが、 違う次元で 違う気温で 動き回っている姿に集中した。
松坂大輔が投げた最後の球が、キャッチャーミットの中におさまり、
ガッツポーズもなくマウンドを降りる姿を見た瞬間に、
僕の高校3年生の夏は、始まった。
何かが終わったのか、 始まったのか。
ただ、その瞬間、見えないものによって、自分の過去に線が引かれた。
その線より戻ることは、決してできないことがわかった。 先を見るしかなかった。
つまり、
人生は一度だということを 初めて知った。
とくに何の感情が生まれたわけではない。 ただ知った。
さえこ、なおき、まさ、ジニア は、
2008年の春に一緒に住み始めた。
出会ったきっかけは、
さえこ、なおき、まさが同じ会社の同期になったからだ。
同期の内定者懇親会で、出会った彼ら。
とくに、急に仲良くなったわけではない。
とくに、共通点があったわけではない。
さえこがなおきをさそい、
なおきがまさをさそい、
もう1人、なおきが大学のときに仲良くなったジニアをさそい、
ただ一緒に住み始めた。
男2人、女2人のひとつ屋根の下の生活。
彼らの家は、
丸の内線から中野富士見町から、徒歩10分のところにある。
下北沢の我が家から、自転車で15分。
意外なほど近い。 中野はそんなに近いのか。
大通りから、いくつかの路地を曲がると、彼らの家がある。
4LDKの一軒家。
まず、玄関がおおきく、たくさんの靴が並ぶ広さ。
そして廊下が長い。 玄関から共有スペースであるLDKまでが遠い。
そして、共有スペースがとても広い。 我慢すれば、3,40人でPartyできそうな家だ。
ソファが並び、 いすがならび、 テーブルがあり、 システムキッチンがある。
とても天気のよい夏の日曜日。
ソファに座らせてもらうなり、
「なおきが作ったカレーがあまっているんで、食べますか?」 と。
なんとも心地がよい瞬間だと思った。
お客さんに、朝から、あまりものの手作り料理が出てくるような、
小さなころには当たり前だった贅沢は、この年になるとめったにあることではない。
彼らの言葉の中で、
さえこが言った一言がとても気になっていた。
「わたしたちは、家族でもなければ、友達でもない、恋愛関係でもない。 不思議な関係なんだと思います。」
彼らの関係に、非常に興味がある。
あらためて、彼らの話を思い出し、
彼らの関係はどういう関係なのか、考えてみたいと思う。
名前のない関係の4人行うシェアの形。
彼らの不思議な関係をつくっている、いくつかの要因を
彼らのシェアで興味をもったことが3つある。
1つ目は、
彼らのシェアの動機と、期間限定であること。
さえこの父が厳しく、
なかなかシェアを許してくれなかったため、
さえこは、同居人になる予定の皆を、父親の会社のそばまで呼び出し、
父親に対し、何のためにシェアをするのか、どういう人とシェアをするのかをプレゼンした。
結果として、OKをもらった。
彼らのシェアの一番の特徴は、
期間限定であることが挙げられる。
それは、さえこ、なおき、まさの3人が所属する会社のプログラムの都合だ。
最初の2年半は、研修とOJTの両方が組まれている。
そして、その研修では、定期的にテストが行われ、そのテストの成績如何によっては、
クビもありえるのだ。
そのプログラムは、2008年の夏から、約2年間。
その2年が終わったとき、彼らはビジネスのため、各地にちらばる。
会社で一人前とみなされたとき、
それが、彼らのシェアの終わるときなのである。
かれらは、力を合わせて1人前になろうとしているのである。
いま、彼らは、そのプログラムが始まる前の段階。
同期で顔を合わせるとき、
同居人は、「ただの同期の1人」に変化する。
とりわけ、いつも一緒にいる同期というわけではない。
会社は、おなじ建物の中で、別のフロアにそれぞれいる。
そのため、めったに会社の中で顔は合わせない。
そして、会社の外にでると、同居人に戻る。
メールで、今日はご飯をどうする、何が家にある、といった情報が飛び交うのだ。
2つ目は、誓約書の存在。
彼らは、シェアを始めるにあたり、
お互いに一緒に作った誓約書にサインをした。
その誓約書の内容は下記である。 (原文のまま記載)
■ハウスシェア規則
T、金銭
1 ハウスシェア費用の各人の負担額については全員で話し合い、決定する
2 ハウスシェア費用は各人が期日までに共同口座へ振り込む。
3 期日までに支払いが確認されない場合、当該者に即時その理由を追及する。
4 全員の合意により理由が認められた場合、メイト間で費用を一時的に立て替える。
5 万一問題が解決しない場合、当該者の保証人に連絡する。
U、生活
1 生活面のお互いのプライベートを十分に尊重するように努める。
2 共同生活上のルールは全員で随時話し合い、決定する。
3 共同生活上のトラブルは全員で話し合い、解決する。
4 決定したルールに反した場合、当該者には決められた罰則が与えられる。
5 万一生活に改善が見られない場合、当該者への退去を要求できる。
V、ハウスメイト
1 期間中のメイト変更は原則として行わない。
2 やむを得ない事情が発生した場合、メイトの退去が認められる。
3 メイトの退去については全員で話し合い、保証人の合意を得て決定する。
4 退去者は新メイトが入居する前日までハウスシェア費用を負担する。
5 万一全員の合意なく退去した場合、退去者の保証人に責任を追及する。
彼らは、シェアのトラブルの元を、よく理解している。
たくさんのルームシェアの家の事情を聞かせてもらうと、
トラブルの原因の 非常に多いのが、 お金と退出の際、 である。
信頼関係であると同時に、 契約関係でもある彼らの関係、 である。
3つ目は、男女のシェアであること。
彼らは、恋愛関係にはない。
男女関係なく、付き合っていける気持ちのいい人たちだが、
実は、随所にまだ踏み込めていない領域が存在している。
その象徴は、トイレが別になっていること。
この家には、トイレが1階と2階の両方にあるのだが、
1階は女性用。
2階は男性用。
会話の中には、まだお互いの本音を探り合っているのを感じる。
たとえるならば、1年生の1学期なのだ。
出会って、偶然同じクラスになり、日々の暮らしのなかで関係が作られる段階。
一般的に、
夏休みが、強い日差しによってそれを融かすように、
この夏が人間関係のひとつの転換期になるような気がする。
彼らの関係は、どう変わっていくのか。
彼らに、
なぜ一緒に住もうと思ったか、聞いてみた。
その答えは、非常に印象的だった。
「変わらないため、かな」
ルームシェアには、
自分が大事にしていることを守る力があることを、彼らから教わった。
何かを変えるためのシェア、
何かを変えないためのシェア。
PL学園の上重と 横浜高校の松坂。
彼らは、いまお互いを「親友」と呼びあうそうだ。
客観的には、彼らは不思議な関係である。
とことん敵だった過去があり、
野球を追求した仲間であり、
現在は職業として、
野球を魅せる松坂と、 その様子を世間に伝える上重。
(※2008年7月時点)
人と人の関係は、
その時期によって、予想できない方向に動き出す。
彼らの不思議な関係は、
今後 どう動いていくのか。
仲のよい友達か、
ビジネスのパートナーか、
恋愛関係か、
それのどれでもない関係か。
非常に興味がある。
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